出会って30秒で家に泊まる
野宿場所も決まり、あとは夕食の調達だけである。早速僕らは1km手前にあったコンビニに戻って、夕食を調達することにした。
コンビニに向かっていると地元の方を見かけたので、先ほどの公園で野宿する旨を伝え、治安などを尋ねる。
すると、あの公園は野宿する旅人が多いらしい。つい昨日も旅人が野宿していたという。一週間ほど前にもいたそうだ。あそこは治安も悪くないし、水道もあって便利だという。
ただし、シカやイノシシが出るのでその点は注意した方がいいとこの地元の方は教えてくれる。
続けて、「トイレだけは無いから、うちのトイレを使って下さい。」と自宅庭のトイレを提供してくれた。何て有り難いことだ。そういえば先ほど公園を回った時にはトイレらしきものは見当たらなかった。気付かなかったが、この地元の方のご厚意で何とかトイレの問題もクリアだ。
地元の方はさらに続けた。そして僕らは次に出た言葉に驚いた。
「何ならここ泊まってもいいですよ。」
と自宅の一つの建物を指さした。出会ってまだ僅か30秒ほどだ。お互い名前すらも知らない。そんな人間に泊まっていいなどと言えようか。良い意味であっけにとられた僕らは、どう反応してよいか分からず目が点になっていた。
話を聞いてみると、指さしたのはどうやら自宅の隣にある事務所として使っているところで、そこなら自由に使って構わないという。
更に続けて、「そうだ、水もあげましょう!」と自宅に戻って瓶詰の冷えたお水を持ってきてくれた。「ついでにこれもどうぞ」とみかんゼリーの差入れまでくれた。
もちろんまだ自己紹介などしていない。する間も無いくらいとんとん拍子に話が進んでいく。
なんたるおもてなしだ。出会って僅か5分も経たないうちにトイレ、寝床、水、食料を提供してくれた。こんなことは旅始まって以来の出来事だ。
皆さんなら会ったその瞬間に名前も知らない変な格好をした男女を泊めることができるだろうか。僕は絶対にできない。まず怪しんでしまう。それが都会で生きる人間なのだろう。
僕らがあっけにとられて返事を返せないでいると、「これから出かけるので、泊まるなら自由に使ってください。用意しますから。」と言って自宅へ戻って行った。あまりにも突然なご厚意でかつとんとん拍子に話が進んでいったので僕らはあっけにとられ過ぎて、「泊まります」と言えなかった。名前すらまだ言えていないし、相手の名前も知らない。そのくらいほんの僅かな時間の出来事だったのだ。
とりあえず落ち着こうと近くのコンビニに食料を調達に向かった。歩いていると徐々に冷静さを取り戻し、「よし、泊まらせてもらおう!」と妻に伝え、食料調達後に再度この方の自宅に行ってその旨を伝えた。
この方は山田さん(仮名)という地元のご年配の女性の方で、今からご夫婦で出かけるという。泊まる旨を伝えると、泊まれるように部屋の準備をしてくれて、外には蚊がこないよう蚊取り線香も用意してくれた。
さらに「料理するならこっちも使って下さい」と流し台も提供してくれた。
おばちゃんと話していると、自宅から旦那さんも出てきたので挨拶をする。そしてご夫婦はそのまま出かけたので、僕らも夕食の準備に取り掛かった。
まあ夕食といっても今から米を炊く元気はないので今日もインスタントラーメンだ。少しは栄養を考え野菜を入れた。質素な夕食だが、寝床にトイレに流し台、そして水やゼリーまで頂いたのでとても心は喜んでいる。
質素なご飯が少し贅沢に
僕らが質素な夕食を食べていると、出かけていた山田さん夫婦が帰ってきた。そして降りてこちらに向かってくる。その手には何やら持っていた。部屋に入ってくると、「これ、お土産」と袋を渡される。中を見てみるとなんと食料ではないか。
どうやらお祭りに行ってきたようで、その際に僕らの事も考えてお土産を買ってきてくれたようだ。もう感謝してもしきれない。
こうしてまた質素だった夕食が少し贅沢になった。
けいらん焼き
イカの天ぷら
質素な夕食だっただけにお土産の有難みも倍増である。
そして食事が済んだら母屋の方にお風呂にくるようにと言ってくれた。「何なら洗濯機もあるからこれも使って下さい」とまたまた有り難い。
僕らはすぐに準備してお風呂に入らせてもらった。
ようやく自己紹介と団らん
お風呂から出ると母屋のリビングに招かれそこには飲み物が用意されていた。夜でも暑い日だったので、もう喉はカラカラだった。それも察してくれていたのだろう。本当に有り難い。
お言葉に甘えて席に着くと、ここでようやくお互いに自己紹介をした。この時初めてお互いの名前を知ったのである。
そして話をしていると、おばちゃんは妻を見て、女性がいるので野宿させるよりはうちの事務所に泊まってもらった方が良いだろうと気を利かせてくれたのだった。
それにしてもとんとん拍子に何でも提供して頂いたので「慣れたもんだなあ」と思っていたが、こうやって泊めるのは初めというではないか。ご夫婦は先ほどの公園で野宿する旅人は何度も見ているが、こうして泊めるのは初めてだそうだ。
かなり慣れた感じで色々と提供してくれたので、てっきり旅人を泊めた経験が何度もあるのかと思っていたが、そうではなかったようだ。その代り、甥っ子さんだったかが自転車で日本縦断か日本一周をされたそうで、だから旅人は比較的身近な存在だったようだ。
またおばちゃんは旅行が好きで色々な場所に出かけており、旅人に興味があったのかもしれない。夢は僕らのように全国を旅することらしい。キャンピングカーとは言わないが寝泊りできる車で夫婦で全国を回りたいのだそうだ。そして家の中には旅先で買った思い出の品がたくさん飾られており、色々見せてくれた。
その話を聞いているおじちゃんはそんなことはもうできないと言う。おじちゃんは体を壊してもう遠出はできないのだそうだ。おばちゃんが楽しく旅の話をしているのを見て何だか嬉しそうでもあり、半分は自分が行くのはしんどいという表情をしている。そういえば、先ほど初めてお会いした時に歩くのがしんどそうだった。
これ以上悪化せず、少しでも改善に向かうことを願うばかりだ。
そしておじちゃんは甥っ子の旅の話も聞かせてくれた。甥っ子さんは日本各地でアルバイトをしながら次の目的地までの資金をためて日本縦断(か日本一周)をしたのだそうだ。
おじちゃんは初めは口数が少なかったがだんだんと心を許してきたのか、いつの間にかよく話してくれた。
そしてあっという間に2時間が過ぎた。風呂上りに開けたばかりの1.5Lのペットボトルのお茶ももうなくなっていた。
そろそろお開きすることとなった。
今日はとても良い出会いがあったと、僕らは感慨深い思いで寝床へと戻って行った。
しばらくして、おばちゃんがシカの忘れ物といってこんなものを見せてくれた。
この辺はよくシカが出るらしく、以前シカがこの角を庭に忘れていったそうだ。シカの角など見たことはあるはずだが、ほとんど記憶にない。手に取ったことなど全くない。とても興味深かったし、なんだか田舎ならではのエピソードで気持ちも和んだ。
獣の鳴き声を聞きながら僕らは眠りについた。
本日の歩行データ
宿泊場所 | 山田さん宅の事務所 |
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歩行距離 | 31.35km |
歩数 | 44,064歩 |
疲労度 | 8/10 |
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