6日目:鹿児島に上陸

日本縦断の旅6日目鹿児島に上陸 歩記

鹿児島に上陸!

沖縄の本部港からフェリーにほぼ丸一日揺られ、いよいよ鹿児島に上陸。

船から降りる際、日本縦断ののぼりやチャイルドトレーラーが目立って早速軽い注目を浴びる。

日本縦断の旅6日目鹿児島に上陸02

日本縦断の旅6日目鹿児島に上陸03

船を離れすぐにでも歩みを再開したいところだが、実は僕たちは進む進路を全く決めていない。

経験者の助言は「百利あって一害なし」

以前登場したバイクで日本一周したライダーのF君いわく、日本縦断するなら絶対に県道や国道など大きな道がおすすめらしい。

理由は

  1. 道に迷わないため
  2. 飲料や食料の調達が可能
  3. 人がいる

の3点から。

まず沖縄に比べて本土は面積が大きい。また山道も多く、沖縄みたいに知らない道でもそのまま走れば知っている道に出るというような考えは捨てた方が良いとのこと。彼はそれを身をもって知っている。(彼は何度か道に迷い人にも出会えず、その時は死が頭をよぎったらしい。)田舎道や山道なら本当に命に関わるらしい。人っ子一人いない道が本土にはたくさんあるとのこと。

経験者の助言は「百利あって一害なし」である。

2つ目の食料関係は、1つ目と同様で、人がいない道にはコンビニも自動販売機もない可能性が高い。ちなみにこのブログを書いているのは12日目(2016年6月16日)だが、これまでずっと国道を歩いてきた。しかしその国道ですら7~8km以上何もないことが何度かあった。余分に飲料や食料を持っていなければ今頃このブログを書けていない。

3つ目も上の2つと関連するが、人がいないと道が正しいか聞けないし、もし何かあった時に助けを求められない。携帯があれば大丈夫と思うかもしれないが、電波というものは田舎に行けば行くほど不安定なものである。それにグーグルマップやヤフーの地図は100%正しいわけではない。使ったことのある人なら、そこに道がないという経験が何度かあるはずだ。それに道というものは工事や災害等で日々進化・変化している。

この旅はまさにサバイバルなのだ。最後に頼れるのは携帯でもサバイバル道具でもない、人だ。

このあと身をもってそれを経験することになる。

それでは先を進める。

とりあえず国道3号線を登ることに

船から降りてまずしたことは、進路決めである。

事前に決めてもよかったが、仕事や旅の準備で時間がなく、また決めようにも地図通りに道があるか分からないし、通れない可能性もある。実際、何度もグーグルマップで知らべて人が通れそうもない道もたくさんあった。

だったら地元の人に聞くのが最適だということで、その都度通る道を決めることにした。鹿児島に上陸してからすぐにそれをしたのだ。

港の待合室のような場所にチャイルドトレーラーを止めて地図をみていると、目立つのか色々と話しかけらる。

とりあえず国道3号線にしようということになっていたが、これでよいのか確信がない。

幸先良い出会い

これは地元の人に聞くしかないと、ある男女に声をかけた。これが温かい出会いであった。

日本縦断であることとどう進めばよいかを相談する。やはり国道3号線が良いらしい。話しやすい男女で、写真撮影にも応じてくれた。メッセージも書いてもらった。

鹿児島港で出会った男女

幸先良いスタートだ。

日本縦断も案外簡単?

進む道が決まり少し安心して歩みを再開。

鹿児島市内は普通の都会である。しかし、国道3号線に入ると徐々に自然が増えてくる。進めば進むほど自然が増えてくる。沖縄にはない大きな山々が無数に顔を出す。麓(ふもと)には綺麗な川。人も徐々に減ってくる。

今日の寝床は「かごしま健康の森公園」で野宿である。

実際は野宿ができる場所かはわからないが、とても大きな公園で地元の人にそこで野宿したいというと皆そろって「ああ、あそこならできそうだね!」と言う。そこは自由に使える多目的広場もあり、売店もあるので食料も確保できる。野宿には最適な場所と予想。

今日の寝床も決まり、歩も快調。

売店が開いてない可能性や道中コンビニなどもないことも想定し、念のため早い段階でインスタント麺やレトルトカレー、水などを購入した。

港から10kmほど歩くと「かごしま健康の森公園」付近に到着。

余裕である。日本縦断徒歩の旅もなんだかんだいって結構簡単である。疲れも程よい程度でまだまだ余裕がある。景色も綺麗に感じられ、気持ちにも余裕がある。

がしかしここで問題発生。

これぞ旅!初日から波乱の日本縦断

早速公園に入ろうと入り口を探すが見当たらない。

何人か地元の人に入り口を聞く。そこで事態が一変する。

「かごしま健康の森公園」は山の上なのだ。それも急こう配の坂だ。

歩けば行けないこともない距離(2.4kmほど)らしいが、地元の人にこのトレーラーを押していくというと皆そろって渋い顔。

その表情で無理だと悟った。2.4kmも急な坂をこれだけの荷物を押していくのは無理な話だ。それに昨日までの疲れや睡眠不足の影響もまだ残っている。

もう時刻は16時近い。あと3時間ほどで日は暮れる。状況は一変した。かなりまずい状況だ。

即座にグーグルマップをみる。するとこの先10kmまでの道のりに泊まれそうな施設がいくつかある。だがどれも有名施設ではなく地元密着型のようで、料金や空き状況などはネットでは分からない。そもそもまだ存在する(潰れてなくなっている)かも分からない。

これは道中、地元の人に聞くしかないと「かごしま健康の森公園」を諦め歩みを進める。

旅は山あり谷あり

歩みを進めると差入れの嵐が待っていた。

地元の有力者?優しいご夫婦との出会い

少し進んだところで初老のご夫婦に道や宿泊施設について尋ねると、4kmほどで「轟温泉」という良さそうな施設があり、この方の名前を出せば安く泊まれるらしい。途中でこの方の名前が付いた工場や会社がちらほらあった。どうやら地元の有力者かなんかのようだ。

有り難い。これで一安心と再び脚が軽くなる。

1.5kmほど進んだだろうか、先ほどのご夫婦が車で戻ってきた。たくさんのドーナツの差入れだ。さらに、先ほど紹介してくれた宿泊先は今進んでいる国道3号線から2kmほど横にそれるので、それならその分もう少し先に進んで中川というビジネスホテルがあるからそこに行った方が良いと伝えに来てくれたのだ。

最後に「何か困ったことがあればいつでも電話しておいで」と電話番号も教えてくれた。

なんと有り難い。

ということで始めに教えてもらった「轟温泉」ではなく、「ホテル中川」に変更。あとは満室でなければ大丈夫というところだが、場所的にも田舎なので満室ということはなさそうだ。

美味しいお菓子「かすたどん」の蒸気屋

気持ちに余裕が増し途中で寄り道を何度かした。

そのうちの一つで、山々に囲まれた場所にポツリとあるいかにもこだわっていそうな、老舗そうな感じの工場兼お店を発見。

「銘菓 かすたどん 薩摩 蒸気屋」と書いてある。

甘いもの好きな僕たち夫婦は、これは寄るしかないと即決。厳しい道のりで疲れている妻も喜びの表情である。

かすたどんで有名な蒸気屋の看板

お店の外観もいかにも老舗という感じ。中には常連客だろうか、何かの祝い用にと大量注文している。

節約旅の僕たちはそんなに買えない。「かすたどん」2個と「はるこま」という変わった餅1個を買った。少量だが接客は丁寧。「さすが老舗だ」と感心。(実際に老舗かどうかはわからない)

かすたどんの蒸気屋
(この後ろに大きな製造工場がある)

購入したお菓子は当日は食べることができず、後日頂いた。写真はその時の物。「かすたどん」はかるかんのような柔らかいふわふわの生地にカスタードクリームを入れた最強タッグのお菓子である。

「はるこま」は「薩摩の郷土菓子として人気のはるこま。練りあんと春駒粉を練り合わせ竹の皮で包み蒸し上げました。(参照:蒸気屋)」とのこと。これは一般的な餅ではなく、触感は少し硬めで羊かんに似た味である。

「かすたどん」と「はるこま」
薩摩蒸気屋のかすたどんとはるこま

「かすたどん」
薩摩蒸気屋のかすたどん

「はるこま」
薩摩蒸気屋のはるこま

実は蒸気屋では他にも戴いた。

お店を出ると、後ろの工場でちょうど勤務を終えた人たちがちらほらお店の前を通る。写真の通り、トレーラーをお店の真ん前に止めていたため気になった様子で数名の女性従業員に話しかけられる。

いつも通り徒歩で日本縦断中だと説明しそこでは別れた。

お店を出て数十m進むと先ほどの女性従業員の一人が前方から走ってやってきた。「何が好きか分からないけどとりあえずこれを買ってきました」とドリンクの差入れだ。

僕たちを見失う前に先回りして急いでドリンクを買ってきてくれたのだ。とても有り難い。

ゴルフ場の駐車場に立つ男性

蒸気屋の女性従業員の差入れが嬉しいと夫婦で話していると、前方にゴルフ場の駐車場がみえてきた。

コースを回り終えた帰りなのか、何をするでもなくこちらを不思議そうに見ている男性がいる。

すれ違い際に軽く会話をして声援を頂く。こういったすれ違い際のやりとりももう慣れてきた。さらに歩みを進める。

鹿児島市を抜け日置市に突入
日置市に突入

少し進むとやや大きめのスーパーマーケット兼工具類を扱う施設があったので、必要な物を買いに寄った。

すると、先ほどの男性が僕たちを待っていてくれて、ドリンクや鹿児島で有名な郷土菓子をくれた。この男性もわざわざ先回りし差入れを買って待っていてくれたのだ。鹿児島の人の優しさにつくづく感動させられた。

しかもこの直後に、先ほどの蒸気屋の男性従業員も僕たちを見つけてバナナを差し入れてくれた。

もうこれは差入れの嵐である。しかしこの嵐はまだ終わりではなかった。

野宿決定

ついつい優しさに感動していると時刻はもう19時前。日はもうすぐ暮れる時間だ。始めのご年配のご夫婦に教えてもらった「ホテル中川」を目指し急いで歩を進める。

途中でNTTの車に乗った男性がUターンして車を降り、僕たちに話しかけてきてくれた。どうやらこの方も旅が好きで励ましに戻ってきてくれたようだ。記念撮影をしお礼を言って別れる。

日はもうほとんど暮れた頃、ようやく「ホテル中川」に到着。ビジネスホテルとしても使えるようだが、どうやらラブホテルらしい。外観はかなり古い様子。

これなら料金も安いだろうと思い人を探すも見当たらない。もう一方の「ホテル伊集院」に行くとご年配の女性がいたので、料金や入室時間を尋ねる。結果は、想像より高かった。

周辺には空き地のような場所が多かったこともあり、これなら野宿しようということで場所を探すことに。

そばにあるラーメン屋で野宿できそうな場所を聞くと、向かいの空き地のような場所はお店の裏の納豆工場の所有だということで、すぐ納豆工場に交渉しに向かう。が、即丁寧に断られる。

困り果ててもう一度ラーメン屋に戻り、どうにか野宿できそうな場所はないか再び聞く。するとそばの誰もいない民家の庭を使えるよう所有者に交渉してくれたのだ。許可が得られるまでこのラーメン屋で夕食をとることにした。

このラーメン屋のご家族との出会いはとても良いものだった。なんといっても娘さんが常に優しかった。とても純粋な優しい性格の娘さんだった。

食事を済ませると先ほど紹介されば無人の民家でテントを張る。手足や顔を洗うための水道も提供してくれただけでなく、お店の外にあるトイレも夜中でも利用できるようにと鍵をかけないというのである。

テントの準備を終えると民家の所有者からの許可も得られこれで安心して野宿ができる。もう真っ暗の山の中、これがダメだったら乏しい懐中電灯を片手に何もない道を夜中中、先へと進まなければならない。もちろん重い荷物も押しながらだ。考えただけでもぞっとする結末である。

それが避けられただけでも、重たい荷物以上に肩の荷が下りて解放された。

寝る前にもう一度ラーメン屋に行き、寄せ書きや記念撮影をお願いする。ラーメン屋家族のお友達家族もきており、一緒にお願いした。

初の野宿の感想

今回野宿した場所は国道の真ん前だったため田舎道とはいえ、国道なので車通りが多い。夜中でもトラックの通行量は結構多かった。

おかげで1~2時間しか眠れなかった。

しかし野宿のおかげで宿泊代が浮いたので良しとしよう。

本日の歩行データ

宿泊
ジョイフル 伊集院中川店近くのラーメン屋そばの民家庭で野宿

本日の歩行距離
20.91km

歩数
29,822歩

疲れ度
重度

6日目の歩数

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