43日目前半:捨てる神あれば拾う神あり

捨てる神あれば拾う神あり

日本縦断43日目(2016年7月17日)

早速試される決断の時

昨日の後半から始まった「徒歩日本縦断の旅-本州編」だが、初っ端から僕らは大きな問題を抱えていた。

実は今朝の今朝まで日本海側を行くか、瀬戸内海側をいくか迷っていた。

日本海側は何もない。宿泊施設もない。そして会える友達もいない。

対して瀬戸内海を通って岡山や神戸、大阪、名古屋、岐阜、東京などのコースで北上すれば宿泊施設もたくさんあるし、その地域に住む友達にも会える。

特に名古屋は会いたい人だけでなく、夫婦で苦労した地なので思い入れがある。初心を思い出すべく当時の縁(ゆかり)の地を巡りって、色々と思い出したかった。

しかしこれは日本縦断の旅である。楽なことをしに来てるわけではない。自分たちのレベルアップのために来ているのだ。

九州を制覇して気が緩んだのだろうか。それともこれまでの旅が苦しすぎて逃げたくなった(楽な道を選びたくなった)のだろうか。

いづれにしても自分の判断力に鈍りを感じたので、また“彼”に聞くことにした。

心の友

ここで少し脱線する。

僕はよく変わり者、異端児、変人など色々と言われるが最近では自分でも自覚できるようになった。

そんな僕が唯一同じ匂いのする人間がいる。人は彼を(愛情を込めて)薄情者、腹黒いというが、僕にとっては心の友である。腹黒いのは間違いないのだが。

彼の最大の魅力は俯瞰力である。そして僕と彼とは価値観が非常によく似ていて、彼は世間とは180度違う。ちなみに僕は540度ほど違う。全く世間とは噛み合ったことがない。だから学校も辞めたし会社も辞めた。しかし彼はその辺も上手くやるタイプなので何とか社会で上手く生き延びている。毎回賢いやつだなと羨む部分もある。

しかも彼とは名前も同じである。

僕はそんな心の友に迷った時や萎えた時、二進も三進も(にっちもさっちも)行かなくなった時には必ずと言っていいほど助言を求める。

彼の第二の魅力は、遠慮なくズバッと意見してくれるところだ。こちらのご機嫌など眼中にない。逆にそれが有り難いのだ。

ちなみに僕らはお互い読書が趣味なのだが、彼とはよく読書の感想交換会を開いている。会といっても僕と彼だけだ。

世間に難癖をつけながらああでもないこうでもないと言っている。

僕らはまるで哲学者や政治評論家や経営者気取りだ。

ちょっと彼の紹介が長くなったが、そんな彼は実はバックパッカーである。

一人で世界各国を回っているので旅はお手の物だ。ベテランの旅人である。(職業は旅人ではない。普通の公務員だ。)

決断は不安を勇気に変える

出発の20分前まで日本海側と瀬戸内海側のどちら側に進むか迷っていた僕は、最終兵器の彼に聞くことにした。

すると彼は「日本海側!」と即座に答えた。

理由は「観光で行かないところに行く価値があるから!」だと言う。

僕も日本縦断を計画している段階では同じ意見だった。しかしいざ実際に徒歩で日本縦断をしてみると、現実はかなり厳しかった。

苦難の連続である。そんな経緯があって楽な瀬戸内海側に心が揺れていったのだ。苦しみを乗り越えるために日本縦断を徒歩でやっているのに、それから逃げようというのである。なんて愚かな。

しかし彼には僕らの辛さなど関係ない。いつも通りだ。友達には会いに来てもらえばいいとバッサリ切り捨てられた。

僕はようやく目が醒めた。

旅は行かなさそうな所に行くからこそ価値があるのだ。観光で行ける観光地は確かに宿泊施設が多く便利で食べ物も充実して楽だ。

しかしどうしても費用対効果を考えてしまう。否応無しに、このくらいのお金を出してこのくらいの良い思いをしようという計算が頭の中で行われる。そんなのは旅ではない。旅行だ。

僕らは旅行に来ているのではない。旅をしているのだ。

もう吹っ切れた。

野宿の不安もあったが、不安に思わなければ無敵である。それにこれまでも何とかなってきた。

心が晴れた僕は妻に決断の内容を伝えのだった。

経験値を上げるチャンス

日本海側に行く決心はついた。

今日の旅は18km。

グーグルマップ曰く、下関駅のホテルから18km離れたところにキャンプ場があるらしい。

写真で見る限りビーチに木造の屋根だけがある建物だ。個人でやっているらしくホームページが文字化けして全く読めない。

まあ無かったら無かったでそこらへんで野宿をするまでだ。もう不安はほぼない。

なんだかんだ本物の野宿はまだ2回しか経験していないので、吹っ切れた今の心境としては、不安よりも経験値を上げるためにも、そろそろ野宿をばんばん取り入れていきたいという思いの方が強かった。

おそらく北海道に着くころには野宿のできる季節ではないため、自ずと宿泊施設になるはずだ。どんどん今のうちに節約せねばならない。

とりあえず今日は野宿の心の準備もできたので、多少の不安はあるが無視して強引に歩き出した。

今日の旅路は平坦なり

今日は国道191号線を通る。日曜だからか、下関の国道は人通りも車通りもまばらだ。

下関市国道191号線 下関市国道191号線

今日の道は上り下りは多少あるが、九州の山の多さに比べれば平坦だ。歩行速度がいつもより速い。この分なら予定より早く目的地に着けそうだ。

左手には島や島にかかる橋、陽射しが反射してきらきらと輝く綺麗な海が見える。こういった景色を見ながら歩けることに幸せを感じる。沖縄の海のようなエネルギッシュな感じではなく、まろやかな優しめの海だ。

沖縄の海は綺麗だが、こういう海も良いもんだ。それに今日は海辺のキャンプ場でテント泊なので何だか楽しくなってきた。

下関市国道191号線 下関市国道191号線 下関市国道191号線 下関市国道191号線

「結局最後は心」と語る女性

途中、すれ違う地元の方にも挨拶をしながらひたすら歩いていた。すると挨拶を交わした一人の女性が、日本縦断という文字を見て話しかけてきた。

夫婦で歩いて日本縦断をしていることや、沖縄からきたことなどを伝えるととても感動して、自宅に取りに戻ってまで、水と食料を分けてくれた。

話していると、この方は鬱でしばらく働けなかった時期があり苦しい思いをしたそうだ。今は収入は多くないが、介護の仕事に就けてとても幸せだという。彼女曰く、「結局最後は心」だそうだ。お金ではなく、心やご縁を大切にしているという。困った時はお互いさま、そういったところだろう。

「何事も心が大事」と彼女は自分の人生を振り返りながら僕らに一生懸命思いを伝えてくれた。今は収入が全然無くて食料も他の人から分けてもらっているというが、その分けてもらった分を僕らにも分けてくれた。

これが彼女の言う“心”なのだろう。

思いも食料も有り難く頂戴し、感謝を述べ再び歩き始めた。

優しさに触れて思ったこと

日常生活を送っていてこういう優しさに触れることは滅多にない。仕事や人間関係、キャリアや将来、テレビドラマやニュースなど色々な物事に捕らわれ、生活や人生に悩む人も多いのではなかろうか。それでも時は流れていく。蛇口を閉め忘れた水道のように流れていく。誰もその蛇口を止める術を知らない。流れた時を取り戻す術はアニメや映画の世界にしかない。

僕もそういった様々な物事に捕らわれていて、自分以外のものに自分が支配されているようで息苦しかった。そこから脱出するために日本縦断を決意したという面もある。

人生は自分のために生きなければならない。

やっと発見!日陰

地元の中学生の声援を受けながらしばらく進むと、日陰を発見!

日陰と言っても歩道だが、人通りもないのでここで休むことにした。今日は天気が良く陽射しが強い。なのにここまで日陰がなく休憩をとっていなかったので、ここを逃すと危険だと判断したため、ここで休憩しながら早めの昼食をとることにした。

昼食は昨晩の残り物と先ほどもらった食料を早速戴いた。お世辞にも美味しいとは言えないパンだが、パン屋では買えない素朴な優しい味がする。もちろん味覚の問題ではないことは分かっている。先ほどの流れがあってこその味だ。舌ではなく心で味を感じているのだ。

日陰で昼食をとる

優しさに触れることもあれば冷たさを浴びることもある

昼食を終えると急に腹痛が襲ってきた。しかしここは歩道である。近くにトイレも見当たらない。地図を見ると、トイレのあるドラッグストアまではまだまだある。

ここに留まっても意味はないので歩き出した。するとすぐに海沿いのカフェを発見した。客ではないので申し訳ないが、事情を説明してトイレを貸してもらえるようお願いした。

すると店員さんが「ここはカフェを利用する人のトイレなので貸せません。何ならコーヒーでも飲んで頂ければお貸しますよ。」という。

いや、僕は腹痛で緊急事態なのだ。ゆっくりしている暇などない。それに腹痛だ。コーヒーでも飲もうものなら失神する。

もう一度、旅人であることを伝えお願いしても無理だったので、このまま話していても意味はないと判断し3km先のドラッグストアへと急いだ。

痛みに耐えながらなんとかドラッグストアに着いて事なきを得た。

そういえば、旅に出る前に読んだ「日本縦断徒歩の旅―夫婦で歩いた118日」にも書いてあった。善意を受けるのが当たり前と思うなと。著者も似たような経験をし、本の中でそう自分に言い聞かせていた。

僕の今回の件も同じだ。著者に学んで、善意を当然とは考えないように心掛けねばならぬ、と反省した。

まさに「捨てる神あれば拾う神あり」だ。自分にとって嬉しい事もあれば辛い事だってある。それが旅というものだ。人生というものだ。

これでまた一つ成長したと受け止めよう。

キャンプ場が廃業していた

さて、今日の目的地までは18kmと短いのでそれほど疲れないし、着く時間も早い。しかし一つ気になるのがホームページがメンテナンスされておらず文字化けしていたことだった。

通常、ああなるのはもう放置してしまっている場合が多い。かといって新しいホームページも見つからない。これはもしかしたら廃業している可能性もあると思っていた。

まぁその時はその時で野宿するまでだと思っていたが、とりあえず営業していそうな時間帯に連絡を入れてみた。すると予想が的中し、廃業していた。辛うじて電話だけはつながったが、もうやっていないという。

ここで急きょ距離を伸ばし、野宿ができそうな無人駅や浜辺を探すことにした。

野宿と言っても、もう今朝の決断で吹っ切れているので以前のように不安はそれほど大きくない。GoogleMapを見るとどうやら小串駅周辺に野宿できそうな浜辺がある。予定よりも13km以上長い、31kmもある。

もうこれは覚悟を決めて歩くしかなかった。

今日は行き当たりばったりで旅をしてみよう。

旅の運命を変えた出会い

小串駅に向かって歩いていると、一台のモトクロス系のバイクが反対車線で停車し、旅人風の中年男性がこちらに手を振っている。いつもの声援だ。僕もお辞儀と手を振り返し声援に応える。

しばらく歩いていると先ほどの男性が前方でまた停車して僕らを待っている様子。目の前まで歩いて行くと、声をかけられ、ほんの少しだが会話を交わした。というのもそこは上り坂で僕も息が上がっており、じっくり話す余裕がなかったのだ。汗は1秒間に何滴も垂れるほどびしょびしょだった。

しかしこの男性との出会いが後に旅の運命を左右することとなろうとはこの時は微塵も感じていなかった。この二日後、僕らは岐路に立たされることとなる。

詳細は二日後の歩記に書くとしよう。

再び歩き始めた僕らは、その後もたくさんの声援を頂く。この191号線はチャリダーやライダー、キャンピングカーなど多くの旅人も通るが、やはり徒歩で日本縦断をしている人は珍しいのだろう。

今日は日曜ということもあり後半の道は車通りも多くなっていった。結構な確率で皆さん声をかけてくれる。有り難い事だ。

小串駅まで歩く 小串駅まで歩く 細い歩道をぎりぎり通る 細すぎて通れない歩道

捨てる神あれば拾う神あり、それが旅というもの

温かい声援をたくさん戴きながら、何とか陽が沈む前の17時頃には小串駅に到着した。さぁここから野宿場所を探さなくてはならない。

あてなどほぼない。この足で周囲を捜索していくしかない。地元の人に聞ききながら、野宿場所を探すことにした。まずは、とりあえず駅の周辺から野宿ができそうな場所を探す。

探し始めて10秒も経たないうちに、すぐそばに人気のない公園を発見。

恐る恐る近付いてみると、そこは綺麗な公園だった。公園内は全体的に整備もされており、水道もあり、屋根付きのテーブルや椅子もある。敷地も広い。景色も良い。なのに人が一人もいない。ここは野宿に最適だ。

そう思った僕は今夜の寝床をここに決めた。

寝床を確保できたことでやっと不安から解放された。すると今まで感じなかったザックの重みが急にどっしりと肩にのしかかる。こんなに重かっただろうか。

ザックを降ろすと、「何て自分の体は軽いんだ!今なら本気で垂直跳びで3mくらい跳べそうだ!」そんな気がした。そして肩や脚に血液がじわーっと一気に流れるのを感じだ。

そしてそのまま顔を洗い少し休憩することにした。

野宿する公園 公園で顔を洗う 公園でザックを降ろし休憩 テントを張る場所 屋根付きのテーブルとイス

寝床もみつけ、これで今日は一安心。キャンプ場が廃業していると知った時、正直どうなるか不安はあったが結局どうにかなってしまった。

おそらく旅というものはそういうものなのだろう。

「なんとかなる」

旅はこれに尽きると思う。「捨てる神あれば拾う神あり」で、不運なことがあってもすぐに幸運がやって来るし、幸運続きで浮かれていても有頂天にならぬよう不運な事がそれを教えにきてくれる。

旅とはそういうものだ。

初の公園野宿が決まったところで、食料の調達のため来た道を1kmほど戻ってコンビニへ向かうことにした。あとは夕食を食べてテントを張って寝るだけだ。

と、思っていたがここで今日の旅は終わらなかった。またもや旅の神が訪れることとなる。

捨てる神あれば拾う神あり

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